向陽高等学校

沿革

本校は、今年で創立96年目を迎え、長い歴史と伝統を誇る県下有数の高等学校です。大正13年に設立された私立大村裁縫女学校をその母体とし、いち早く女子教育の道を切り拓きました。そして、昭和23年には、新制の向陽高等学校として出発しました。また、平成5年に国際科で男女共学となったのを皮切りに、現在ではエステティック科を除く6つの学科が男女共学となっています。この間、多くの卒業生がこの学舎を巣立ち、社会の各方面で活躍をしています。

大正13年1月 「私立大村裁縫女学校」として設立。
大正14年10月 「大村女子職業学校」と改称。
大正15年9月 「高等師範科」設置。
昭和2年4月 「実業補習学校教員養成科」併置。
昭和12年1月 「実業補習学校教員養成科」を法令の改正により「青年学校教員養成科」と改称。
昭和18年4月 法令改正により実業学校となり、「師範科」を「専攻科」と称し「青年学校教員養成科」及び「高等師範科」を廃止。
昭和21年10月 財団法人「大村女子職業学校」を設立
昭和22年4月 学校改革による新制中学部である「向陽中学校」を認可さる。
昭和23年4月 新制高等学校の設置を認可され、「大村女子職業高等学校(家庭課程・被服課程)」と称す
昭和23年10月 大村女子職業学校中等部を「向陽中学校」に、大村女子職業高等学校を「向陽高等学校」にそれぞれ名称変更につき認可さる。
昭和25年3月 高等学校に「専攻科及び商業別科」の附設と「向陽幼稚園」の設立を認可さる。
昭和24年10月 校歌制定
昭和26年3月 設置者を「学校法人 向陽学園」と変更する
昭和33年3月 「向陽中学校」を廃止。
昭和35年9月 高等学校の「家庭課程被服課程」を「被服科」と改称する
昭和37年4月 高等学校「商業別科」を廃止し、新たに「商業科(3年コース)」を
設置。
昭和42年4月 高等学校に「衛生看護科」を設置。(准看護婦学校の指定を受ける)
昭和44年4月 高等学校に「保育科」を設置。
昭和52年4月 高等学校に「普通科」を設置。
昭和54年4月 高等学校に「衛生看護専攻科」を設置。
昭和63年4月 高等学校に「コンピュータ・ビジネス科」を設置。
平成2年4月 高等学校に「国際科」を設置。
平成4年4月 高等学校の「被服科」を「服飾デザイン科」と改称。
「普通科(特進課程)」設置。
平成5年4月 高等学校「国際科」が男女共学となる。
平成9年4月 高等学校「普通科(特進課程)」が 男女共学となる。
平成13年4月 高等学校「国際科」の男子募集を停止。
平成14年4月 高等学校「保育科」を「保育コース」と「福祉コース」に分ける。
平成15年4月 高等学校「調理科」、「デザイン科(美容コース、ファッション・デザインコース)」を設置。「普通科」に「e・cコース」を設置。「普通科(特進課程)」を「特進コース」に改称。「服飾デザイン科」は「デザイン科ファッション・デザインコース」に改編。「国際科」「商業科」「コンピュータビジネス科」の募集停止。二学期制とする。
平成16年4月 高等学校「デザイン科」に「エステコース」を設置。
長崎リハビリテーション学院に県内初の「理学療法学科2部(夜間部)」を設置
平成17年4月 高等学校「普通科e・cコース」を「普通科情報&メディアデザインコース」に改編。「デザイン科エステコース」は「デザイン科エステティックコース」に改編。「デザイン科ファッション・デザインコース」の募集停止。コシノヒロコのデザインによる新制服着用開始。
平成20年4月 高等学校「普通科情報&メディアデザインコース」の募集を停止し、「普通科パティシエコース」を設置。
平成22年4月 「衛生看護科(専攻科)」を「看護科(専攻科)」と改称し、5年一貫教育とする。
高等学校「デザイン科美容コース」は「美容科」、「デザイン科エステティックコース」は「エステティック科」、「保育科保育コース」は「保育科」、「保育科福祉コース」は「福祉科」、「普通科パティシエコース」は「パティシエ科」と改編。「普通科特進コース・橘香館」の募集を停止。
平成25年3月 高等学校「普通科」・「デザイン科」廃止。
平成29年4月 高等学校「エステティック科」に「エステティックコース」、「ブライダルコース」を設置。
平成30年4月 保育科・看護科 男女共学となる(エステティック科のみ女子)

昭和5年(1930年)頃

昭和15年(1940年)頃

昭和24年(1949年)頃

昭和38年(1963年)頃

昭和47年(1972年)頃

昭和62年(1987年)頃

平成4年(1992年)「橘香館」

平成6年(1994年)新第4校舎

平成6年(1994年)頃

平成16年(2009年)
衛生看護専攻科・本部塔

現在の向陽高校

現在の向陽高校