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講師インタビュー

理学療法学科二部(PT2)講師インタビュー

町田勝広先生

理学療法学科二部 町田勝広先生 Teachers Voice

理学療法士としての専門分野は何ですか?

下肢切断者のリハビリテーション。義肢(義手や義足)、装具(体に着ける器具)、機器・器具を使ったリハビリテーションです。

理学療法士になろうと思ったのは、どういうキッカケからですか?

高校でウェイトリフティング部に所属している時、練習で腰を痛めてしまいました。理学療法士という存在は、自分がリハビリテーションを受けて初めて知りました。その時は、リハビリは受けているものの、寝ても座っても、コルセットをしていても、とにかく24時間痛くて。
「この痛みはどこから来るんだろう、何でこんなに痛いんだろう、どうしたら治るんだろう、いつ治るんだろう」ってずっと思っていました。
腰痛は半年ほどしてようやく痛みが治まりホッとしことを覚えています。痛みを和らげたり、体を治す職業は他にもありますが、医療職として治療に携わる理学療法士になりたいと思いました。

理学療法士の中でも、ご専門の「義肢・装具」に興味を持ったキッカケがあったのですか?

私は元々子供の頃から、「機械もの」が大好きでした。

ある時、長崎リハビリテーション学院に、脊髄を損傷されて車椅子でマラソンに出場されている選手が講演に来られました。その方の車椅子は普段私が目にしていた車椅子と全然違っていて、『かっこいい!!!』と思ったんです。

でも「ただかっこいい」だけではなくて、その車椅子は、その選手の「足の代わり」です。機械という道具が、便利な事を目的に使われるのではなく、人を支えるために使われるという事に改めて気づき、こんなに素晴らしいものがあるのかと思いました。

それから、機械好きがムクムクと顔をのぞかせ、車いすや義足、装具が好きになった・・・という感じでした。

卒業された後は、どちらに就職されたのですか?

兵庫県立総合リハビリテーションセンターです。
私が卒業した頃、特に義肢(義手・義足)を扱っている病院はとても少なく、詳しいドクターも少ないという状況でした。
でも、義肢・装具の書籍を多く読んでいると、義肢・装具の分野に大変詳しい著名な先生が兵庫県立総合リハビリテーションセンターにおられる事が分かりました。
そんな病院に就職できたらいいなと思っていると、担任の先生が偶然その先生の知り合いで後押しして下って、結果、念願の兵庫県立総合リハビリテーションセンターに就職する事ができました。

お世辞にも勉強熱心とはいえない学生でしたので、実習指導者の先生に就職が決まったと報告したときは驚かれましたけどね(笑)
在学中の臨床実習では長崎県内だけでなく愛知医科大学病院に行き、先生方の研究のお手伝いもさせていただきました。
実習前は「研究」と聞くと勉強熱心な先生だけがされているものと思っていましたが、「自分が勉強したぶん患者様がよくなっていく」ということを経験させていただき、「研究」とは自分が勉強していくことの延長線上にあるということを感じることができました。

就職で県外に出る事に抵抗はなかったのですか?

そもそも理学療法士になろうと決めた時から、独立して生活したいと思っていたので、県外に出る事はむしろ歓迎でした。色んな世界を見て、色んな人と出会いたいですしね。
ただ、関西まで出るとは考えてもいませんでしたので(笑)少し迷いました。
そのとき、担任の先生が「遠いとか近いとかではなく、やりたいのか、やりたくないのか、どっちなんだ?」と仰っていただき、決心しました。

リハセンターではとてもすばらしい先生方からご指導いただき、仲間に助けてもらいながら知識や技術を身につけ、医療・介護・福祉分野と幅広く経験し、多くの方々と出会うことができました。
私にとっては、やはり、一度外に出てみてよかったと思っています。

理学療法士として働かれていたときのエピソードをお願いします。

1年目で担当した患者様で、最も印象に残っているのは、20歳の女性の方です。

交通事故で脳損傷の為、寝たきりになられました。転院してこられた時は事故から数か月たってましたが、まだ意識がはっきりしていない状態でした。それから、少しずつ意識は戻ってこられました。

ただ、話しかけても、言葉が聞こえているのか、聞こえていたとしても「言葉」として認識できるのかも分かりませんでした。

そんな中でもしっかりと目を見て話しかけながら、寝たきりで身体が固くなってしまわないようにリハビリテーションを行います。毎日毎日続けていると、次第に嫌なときは顔をしかめたり、YES・NOの反応が返ってくるようになりました。些細な反応でも返って来るようになった事が、とても嬉しかったのを覚えています。

全く動けない状態なので、始めはストレッチャーと呼ばれる担架で移動して、身体を固定するために背中にクッションを敷いて、それを繰り返していきながら座る事に耐えられる体力を作って行きました。クッションもその方の体型や座り方に合わせてウレタンスポンジを私が削って作ったりしましたよ。
半年かけて午前と午後2時間ずつ座れるようになったときは、本当に嬉しかったですね。

寝てばかりだと天井しか見えませんが、座っているだけで色んな人の表情や動きが見えますから。ご本人の反応もほんの少しですが、増えてきたように思いました。

それから、プールでの訓練も始めました。ご本人も水に浮くので身体が自由になり、リラックスできるようで、嬉しそうでした。水の中で手すりをつかんで歩くまでになられて、意欲が出て来られたんですよ。それからリハビリを重ね、ようやく車椅子に座った状態での生活が中心になって・・・これだけ回復されると私も本当に嬉しかったです。1年目で色んな事を考えさせられた出来事でした。

心理的なショックを抱えておられる患者様も多いと思いますが、それはどうフォローされていたのでしょうか?

そうですね。

私は「切断者のリハビリテーション」を得意としていたので、脚を切断された方を担当することが多かったです。
義肢や義足を利用する患者様というのは、事故や病気など何らかの理由で身体の一部を切断された方です。事故などで突然手や足を切断された方は当然落ち込まれていたり、混乱されている事が多いです。なので、リハビリテーションに入る前から、本人のお話を「聴く」という事が一番だと思っています。

しっかりと向き合ってお話を聴き、受け止め、ご本人が落ち着いてこられるのを待つことだと思います。
さらに、理学療法士として何ができるか、何をしていくか、どこを目標にするかなどを患者様と一緒に考えていくことが大切であると教えていただきましたので、それを意識して対応していました。


心理的なサポートという面で、印象に残っているもう一人のかたをご紹介します。

平成17年に兵庫県尼崎市で起きた列車脱線事故を覚えておられる方もいらっしゃると思いますが、その時に事故にあわれた方を担当しました。

大学生になったばかりの彼は、ひっくり返った列車の中で長時間にわたってシートなどで足を挟まれていたため、救出されたあと左足は付け根から、右足は膝から切断せざるを得ませんでした。
両足切断でもスポーツができるほどになる方もおられるのですが、両足でしかも片脚は付け根から失っているという、切断場所が異なる患者様で義足によって歩くことができるようになった方は、実は世界でも数えるほどしかおられません。ただでさえ難しい義足歩行なのに、脚の左右が異なるとバランスをとる事さえ難しい。この患者様はまさにこういった状況だったんです。

初めは車椅子を使うことさえ嫌がっておられました。「車椅子で外に出るのは人の目がこわい」「足がない自分を見られているのが辛い」「こんな状態で生きていても仕方ない」そう思っておられました。ところがリハビリテーションを続けていたある日、他の患者様が病院から自分で車椅子を動かしてスイスイと買い物に出かけられる様子を見て、これまで生きてても仕方ないと思っていたことが、急にバカらしく思えてきたんだそうです。


それからは少しずつ、車いすで出かけられたり、とても難しい歩行訓練をされるようになってきました。

3ヶ月ほど経ったある日、歩行訓練をしていると小さな声で「成人式、歩いて出られるかな?」と言われました。私は心の中で飛びあがるくらい嬉しかったのを覚えています。

どれだけ一生懸命リハビリテーションをしても、患者様ご自身が心からこうなりたいと思わなければ目覚しい回復はできません。私はそれがこの瞬間だ!と思いました。「何が何でもこの願いを叶えてあげたい!!」と心の中で誓いました。

成人式直前での大事故。それを乗り越えて、彼は世界でも数人しかいない程難しい義足歩行の訓練を積み重ねました。
 そして・・・ついに成人式に歩いて出られました!途中転んだりハプニングもありましたが「みんなと同じ目の高さで、成人式に出られて嬉しかった!」と言ってもらえた時の感激は今でも忘れません。

つくづく思いますが、患者様は皆さんすごいです。
林業を営まれていて両足切断した方が、今は高い木に登って義足で枝打ちされていたり
型枠大工さんが片足切断されたのに、今は義足で鉄筋担いで現場で働いておられたり
片方の太ももから切断した方が100m走を走られてたり
片足切断した方が、ハンググライダーに乗ってみたいからと走る訓練をされて
今ではハングライダーを担いで走られるようになられたり・・・

事故や病気などを乗り越えて、その人の「生きたい人生を生きる」ために色んな形の「義足」や「リハビリテーション」があると思います。

「義肢・装具」についてもう少し教えて下さい。

義肢・装具などは、人生の目的に合わせてそれぞれの形や機能があります。

例えば、車を例に挙げると、主に買い物に使う車、工事などに使う車、運搬するための車など用途によって使いたい車って異なりますよね。それと同じです。

そのお手伝いをするために理学療法士は、使用する義肢・装具などの特性を勉強しておかなければいけません。

「人」-「義肢・装具」-「訓練」・・・が三位一体になってこそ、リハビリテーションでその方の目的を果たせるんだと思うんですよね。

義肢・装具はまだまだ専門家が不足していると思います。理学療法士が義足を使った訓練をできていない場合もあります。義肢装具士が使い方の説明をするだけでは、実際に歩いたりするのが難しく、お困りの方もおられると聞きます。

以前担当した中学生の患者様は、交通事故で左足の太ももから切断されていました。その方は500万円もする高価な義足を使っているものの、訓練不足で使いこなせず困っておられました。
その方は夏休み期間に訓練しただけで、ゆっくりしか歩けなかったのが小走りまでできるようになられ、学校に通いやすくなったと喜んでおられました。

一言で義足を使うと言っても、歩き方自体を変えたり、義足を使うための体力づくり、コントロールするためのコツなど訓練すべき事はたくさんあるんです。
まだまだ義肢・装具を使ったリハビリテーションを充実させることは必要だと感じています。

どんな教育を目指しておられますか?

私が、先生に教えてもらったのは、つぎの2つのことでした。

(1)理学療法士は「臨床」「研究」「教育」の3本柱を常に意識して続けなさい
(2)臨床は「やってなんぼ」。患者さんにとって危険でないことなら、チャレンジしたらええんや

今でも愚直に守り続けていきたいとおもっているる大切な言葉です。

私は、これまで病院で勤務して来た臨床経験と合わせて、自分自身が教わってきた理学療法士として大切なことを、学生のみなさんにしっかりと伝えていきたいと思っています。

そして最終的には、私自身がリハビリテーションを受ける立場になった時に、安心して任せることができる理学療法士を育てるのが目標ですね(笑)

特に「義肢・装具」についてはもっともっと興味を持ってもらいたいと思っています。

これからリハビリテーションを目指す方にメッセージをお願いします。

私が理学療法士を目指したのは、自分自身の腰の痛みを治したいという思いからでした。
学校での勉強量は想像以上で(心の片隅では後悔していましたが、)それでも目の前のことを一つ一つクリアーしていき、理学療法士になり患者様がよくなっていく様子をみていると、「理学療法士になってよかった」と心から思います。

理学療法士に“向いているか向いていないか”と考えるより、少しでも興味があればぜひ学院にお越しください。
「人に喜んでもらえたら嬉しい」「人のために一つでも役に立つことをしたい」と思う人であれば、是非おすすめしたい仕事です。

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